目次
ワンネスからのメッセージ channeling、ライティング Rev.REMI
「霊的な体験」「スピリットガイドとのコミュニケーション」などと言うと、聖地や修行に行かないとできないのかな?特殊な人がすることなのかな?と思う方もいらっしゃるかもしれません。しばしばそれが「すごいこと」「特別な人がすること」のように思われることがあります。ワンネスのガイドは、そうではないことを教えてくれます。
私たちは一人残らずスピリットであり、スピリチュアルな存在
『スピリチュアルなコミュニケーションは特別な人・場所・機会に限定されるものではありません。どこで何をしていようと、私たちは一人残らずスピリットであり、スピリチュアルな存在です。
私たちはそもそもスピリットであり、肉体のなかにいるためにスピリットであるということを忘れているだけです。どこにいても、意識をそこに向けさえすればスピリットガイドの存在を、ワンネスを感じることができます。
彼らは私たちのもとを離れたことはなく、私たちひとりひとりが、外側の声や姿を探したり求めたりするのをやめて、内側の声に耳を傾けるのを辛抱強く待っているのです。
あらゆる存在が教えてくれる
彼らは私たちが必要としているときに必要なことを気づけるよう、樹や花や動物、人や空や星や空気や景色や音など、あらゆるものを通して、教えてくれています。
私たちが一歩一歩、自分の直感やスピリットの声に従って探究し、目を開き、成長するのを辛抱強く見守ってくれています。私たちがいかにそのつながりに耳を傾けるか、心を傾けるか、意識を向けるか。
展開されている出来事の表面や、善悪・優劣ではなく、そこに流れている真実の層を捉え、それに対して自分という人間がどのような感情、思考、反応を感じているのかをつぶさに観察することから始まります。私はなぜいまこのように感じているのか。
なぜこのように信じ、考えているのか。なぜこのように反応するのか。それによってどんな現実を自分が創り出しているのかを観察します。真実を知っている真の自己であるスピリットが、この観察を導いています。
自己の人間性と神性(仏性、スピリットと言ってもいのですが)を理解すればするほど、他者の人間性と神性という属性を理解することができるようになります。
そうしてなぜ世界がこのようになっているのか、無明とは何なのか、ワンネス-全てが一体であるということを「思い出す」ことがどういうことなのか、理解し始めます。』
スピリットであることを受け入れるということ
あなたがスピリットであること、その本質を受け入れたとき、今世のスピリチュアルな旅が本格的に始まります。
いつも奥で流れているものが、表面の顕在意識に浮かび上がってくるようなものです。スピリットであることを受け入れるとはどういう意味でしょうか。
自己の本質がスピリットであることを受け入れるということは、「すべてとつながっているスピリットというエネルギーが、この今世を生きるために魂を形成し、肉体のなかに宿り、他の全ての生で学んだものごとを統合して、実践し、成長進化し、生きている」ということを受け入れることです。
肉体にエネルギーを与え、モチベーションを与え、生かしているのはスピリットです。肉体は時期がくれば滅びます。
スピリットはその人生で、生まれる前に決めてきた目的やレッスンを、いかに学んだか、学ばなかったかを理解します(スピリットの世界では裁かれたりそれによって罰せられることはありません。人間が価値判断をしているだけです)。
そうしてそのスピリットの進化は続いていきます。私たちはこうしてさまざまな学びを繰り返し、成長してきたのです。
スピリットが不滅で永遠であるということはそういうことです。たとえ惑星が爆発して粉々に吹き飛ぶほどの出来事があったとしても、意識も経験も存在し続け、スピリットの進化は続いて行きます。
スピリットは決してなくなりません。存在の方法が、融合し形を変え集合的なありかたに変容することはあっても、意識と経験はそこに残ります。死とは、肉体の人生の一側面です。』
スピリットの旅、人間であることの癒しと、新しいスピリチュアルな意識
こうしてスピリットであることの本質を受け入れると、スピリチュアルな探求が始まります。そのことを、1ページで説明することはできませんが、スピリットの旅、進化の流れをおおまかにでもお話することは、全体像を理解する上で何らかの役に立つでしょう。
スピリットであることの本質を受け入れると、スピリットという存在を起点として、人間であることのさまざまな側面、人格として振舞っていた自分という人間を、つぶさに観察していくことになります。
広大な私たちのスピリチュアルな本質とその世界を受け入れてゆくに従い、限定的な人間性、マインド、怖れと痛みに基づいた思考や感情を手放すことを促されます。
古いものが出ていくと同時に、新しいスピリットの認識、スピリチュアルな感情、スピリットのエネルギーである愛に満たされ、癒されていきます。
自己のスピリットを深く感じ一体感を感じれば感じるほど、ワンネスとのつながりもさらに深く感じられ、物理的に離れているように見える他の存在-人、植物、動物、鉱物、大気やエネルギーとの一体感や、意識や、共感を感じられるようになります。
共感には、苦しみ、痛み、悲しみ、楽しさ、喜び、至福などあらゆるバリエーションやレベルの感情が含まれます。』
意識が広がる
意識があらゆる制限を越えて広がっていくことができます。
スピリットは源に還り、源と一体になりたいという欲求を根源的に持っています。その欲求が、ワンネス、源、融合を求めさせる原動力です。
スピリットは、スピリットガイドやハイアーコンシャスネス(高次の意識存在)などのソウルグループとのつながりを通して、創造の源までつながっています。こころはさらに広がりを求め、大いなる自由と喜びを感じ、大空を旅し楽しむようになります。』
スピリットはつながっている 非物理次元の世界
また、肉体にとっては何万年かかる「遠い空間」である宇宙も、スピリットにとっては瞬時にたどり着ける場所であると言えるでしょう。
自分の源であり一部である場所に行き着くのにそんなに時間がかからないというわけです。自分のスピリットを感じるのに手を伸ばさなければ触れられないところにあると思うことがおかしいと分かるくらい、スピリットにとって非物理的世界を行き来するのは自然なことと言えます。
何千年後の過去や、太古の地球、すでに生きたことのある未来を垣間見ることもあるでしょう。
時間というのは肉体という物理的な形態をとっているあいだ、生きる際に必要な便宜上のシステムであるということです。
マインドをオープンにすると、何万光年の距離や、過去や未来の時間も、物理的次元(肉体の感覚)で捉えていたほどの絶対性は薄れていきます。』
天を地に ワンネスの意識
ひとりひとりが新しいスピリチュアルな原動力と、”もっと一体になりたい”という魂の根源的な欲求を得て、スピリットであるという真実に目覚めてゆくと、今度はスピリットの目的を肉体の次元でいかに実現して生きるか、というレッスンに取り組むことになるでしょう。
そのレッスンとは、愛であり、喜びであり、優しさであり、平和であり、叡智であり、理解であり、共感であり、変わりつづけるダイナミズムのなかにあって常になりつつあるあらゆる段階を認め、未完でありながら完全であること、常に関わり合いながらも”ひとつ”であることを学び進化していることを受け入れる受容性であると言えるでしょう。
内なる平和は、毎日をスピリットの意識で生きることによって少しずつ自身から広がり、関わる人々やエネルギーを変えていきます。そのレッスンを学んだとき、人類は地上に真の平和な世界を確立することになるでしょう。』
<Uploaded: 2008.11.22 『スピリットの目覚めと進化の旅(2008.6)』 REMI>